−1− |
「うーん。しかし、どう思う?」 塗籠の角を曲がると、しばらく思い巡らせていた葉月が、ともなく尋ねる。 ―――白衣に濃色の袴をはき、腰長けで真一文字に切りそろえられた、その艶やかな漆黒の髪を、項辺りで“きりり”と束ねている。意志の強そうな黒目がちの大きな瞳と赤い冬椿を思い起こす唇が印象的な・・・巫女である。 葉月は先ほど、几帳越しに拝面した円珠姫の様子を思い返す。普段の快活さは潜められ、脇息によりかかり、問われた答えもそぞらに、溜息さえ聞こえそうで・・・。体の調子が優れないといえば、そうにも見える・・・が・・・。 「そうですねえ・・・。」 歩くたびにその華奢な顎の高さで切りそろえられた、濡れたような黒髪を揺らめかせ、その長い睫に縁取られた美しい紺碧の眼を、少し考え込むように伏せながら陰陽師 加茂明良が言葉を継ぐ。 「特に障りのある怪かしが憑いているとも思えませんが・・・というか、まるで悪気は感じられませんでした。」 「私もそう思う。このところ姫のご機嫌が優れないようだとは思っていたが・・・かといって、特にご病気とも思えぬが・・・」 「・・・・」 それを聞きつつ、友成は考えあぐねるように黙っている。 左大臣家の五の君 円珠姫の具合が、最近良くないと言うことで、葉月と明良は友成に呼ばれた。 左大臣の寛忠卿は、たいそう温厚で思いやりがあり、また人望も厚い重厚な方で、まだ若い帝のもと、政治の要として威勢を放っておられる。 その左大臣が、昔ふとしたことからある没落貴族の姫と恋に落ち、生まれたのが友成である。その唯一の頼りであった母も若くして他界し、これといった後見もない幼子を、憐れに思った左大臣に引き取られ育てられたのである。が、結局母の身分の低さから、北の方他正妻たちに認知されることなく、世間的には嫡子としては認められることはなかった。そのせいか、友成は鷹揚で、剛毅な性格に育ち、葉月はこの男気のある幼馴染が大好きである。ただ、貴族らしからぬ言葉の粗暴さは、少々問題ではあったが・・・。 早い話が、円珠姫と友成は異母兄弟で、その妹姫の塩梅が悪そうなことに心を痛めた父君に、大げさにしては世間体も悪かろうと、顔なじみの葉月たちに占いをさせるよう進言したのであった。 「まあ、病といえば病かなぁ。」 “ぽそり”と、言いにくげに友成が口を切った。 「?」 葉月と明良が、思わず友成を見る。 「恋煩いという病・・・」 烏帽子ののった頭の後ろで指を組み、天井を見上げるように友成が言う。 「は・・・あぁ?」 声がそろったのは、葉月と明良だった。 「恋煩いって・・・一体・・誰に・・・?」 そう聞いたのは葉月だった。 「う〜ん・・・」 しばしの沈黙が落ちる・・・・。 今度は目線を少し先におき、腕を組んで躊躇いがちにその名を言う。 「―――藤原・・・佐為・・・」 「はぁ?」 葉月は、そのくっきりとした眼を見開かんばかりに友成を見上げ、 「ふ・・・ふじわらの・・・さ・・?な・・・何故・・・また・・・?」 そして、その後に続いた(姫のような方がそのような男に・・・)と言う言葉は飲み込んだ。 ―――藤原佐為――― 女に関しては艶聞に事欠かない、当代きっての風流男である。だが、その反面、未だ正妻を持たないのは、囲碁に傾ける情熱以上の愛情を、どんな女にも掛けない為だという噂である。 「まあ、恋に恋するお年頃って事だろうなぁ。風邪みたいなもんだな。」 思いのほか、のんびりとした友成の応えである。 「友成、ひょっとして御前それを知っていて、わざわざ明良殿まで呼んだのか?」 呆れたように葉月は聞いた。 「うーん。姫自身なにも言わぬものを、私の口からは言えまいしなぁ。だから、大事にならぬよう、気の知れた御前達に見てもらうよう父上に進言した。後は、夏負けしているとでも、適当に伝えておく。」 まあ、確かに人の恋路に三者が首を突っ込めば、ますます話はややこしくなる。 「はぁ」 葉月は、溜息とも吐息ともつかぬ息を大きく吐き、明良の顔を見た。さすがに、明良も苦笑する。 ―――だが、本当のところは、この円珠姫を入内させようと目論む父に、姫の色恋沙汰を報知することができなかったのである。おまけに、相手が気に入りの藤原佐為であればなおさらであった。“三猿”ではないが、ことを荒立てたくはない、と言うのが本音である。 「ん?」 突然、友成の歩が止まる。 (?) 怪訝な顔をする葉月の白衣の袖を引き、おもむろに御簾を背にして廂を譲るように、膝を折り跪坐する。 「友成?」 「噂をすれば影がさす・・・か。」 |