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久しぶりに優れた打ち手との対局が、よほど心に響いたのだろうか。中押しで負けたにもかかわらず、清直は上機嫌である。 初秋の日暮れは、足が速い。薄暗くなった部屋を照らそうと、葉月は棊局近くに用意した灯台に火を灯した。 「おや、どうした葉月、その手首。」 怪訝な声音で清直が問うた。 言われて葉月が“ふと”見ると、手首に赤い斑紋が浮き出ている。先ほど、渡殿で佐為に手首を掴まれた所である。 「これは・・・」 葉月は慌てて袖先を引きおろし、それを覆い隠したが、咄嗟の事に口篭もる。 その様子を見て、事の次第に気付いた佐為が、「それは」と、そう言いかけたのを、 「昨日、山へ薬草を取りに行った折に、山漆などに触れたのやも知れませぬ。」 そう、葉月が押し止めるように遮った。 「そなたにしては珍しい。若い娘のことならば、向後はよく気をつけられよ。」 少しばかり腑に落ちぬ様子ではあったが、戸惑うような顔つきで、葉月を見つめる佐為の様子を察したか、 「葉月、酒の支度はいかがばかりか。いや、私が様子を見に行こう。」 そう言って、清直は立ち上がると、「いえ私が」そう葉月が引き止める間もなく部屋を出た。 咄嗟に佐為を庇ったことで、葉月は妙に落ち着かない。おまけに、いきなりこの状況で二人きりにされてしまっては、どうにも繕いようがない。 「済まなかったな。手荒な事をしてしまった。」 そんな葉月の所在なげな様子に、不意に、佐為が口を開いた。 「庇手したのは、別にあなたの為ではありませぬ。」 葉月は“ちらり”と一瞥すると、素気無くそう言い返す。 ”ふ”と、その艶麗な顔を、佐為は微かに揺らめかせると―――、 「だろうな・・。御父上が招いた客が、とんだ狼藉者ではな。」 その普段は決して覗かせる事の無いであろう、少しばかり困ったような、心許なげに苦笑する様は、母を求める小さな童のそれに似て・・・、 ―――さすがに葉月も、たじろいだ。 手首の赤い斑紋は、元はと言えば、自身の暴言の痕。それを、素直に謝られては、葉月としても責めたてようもない―――。 「そのように、緑児のような顔をされると、もう何も申せませぬ。」 そう言うなり、佐為のそのたわいない様子に、溜息混じりに“くすり”と笑う。 「・・・緑児か。」 佐為はそう呟くと、薄明るい薄暮の中、ゆるやかに揺れる灯火が、ますます戸惑い当惑する、その美しい容貌を匂いたたせる―――。 “ふむ”と佐為は、一息吐くと、 「まあいい。そなたがやっと私を見て笑ったからな。女は笑っている方が、愛嬌があって可愛いものだよ。」 そう言うと、いつもの艶やかな笑みを浮かべた。 「別に、あなたに可愛いなどと思ってもらおうとは、思っておりませぬ。」 そんな佐為に、呆れたように葉月が言い返すと、 "ふわり"と顔を綻ばせ、「それは、残念だな。」と、これまたいつものように軽びやかな佐為である。 その優美な笑顔を向けられて、葉月は堪らず小さく溜息をついた。 「どうした。」と佐為が問う。 葉月は「何も。」と、にべもない。 「そなた、私の言い様がよほど気に入らぬとみえるが、言いたいことがあるなら言え。」 そう言うと、佐為は広げた扇を、優雅な手つきで“ぱちり”と閉じた。 「いえ、別に。」 そっぽを向いて、葉月が応える。 「―――言え。」 業を煮やしたかのように、佐為が短く言い切った。 その言い様に、葉月がキレた。 “きっ”と佐為を睨むなり、 「ならば、はっきり申し上げましょう。どうしてあなたはそのように、いつも小馬鹿にしたような。人をからかう言い様も、大概になさいませ!!」 怒りに揺れる黒曜石の瞳を見開き、葉月はそう、気色ばんで抗弁する。 “ふむ”と秀眉を少し上げ、その整った口元に扇をニ、三度打ち当てると、佐為はしばらく探るかのように、美しい顔を葉月に向けていたが、 「私は、いつも本気だが。」 そう、けろりと答え終わる間もなく、 「だ〜か〜らぁぁぁぁ〜〜!!」 堪らず、葉月が腰を浮かせ、佐為に反駁しようとしたその時、 「どうした、葉月。大きな声を。邸宅の端まで聞こえている。」 そう、呆れ声で現れたのは、 ―――葉月の父、清直であった。 「ち・・・父上。」 膝立ちのまま、葉月が驚いたように振り返った。 「まったく、御前と言う娘は、も少し、しおらしげに出来ぬものか。」 “はあ”と、大きく溜息をつき、 「男手ひとつで育てたもので、淑やかな立居に、少々覚束ぬところがありましてなぁ。」 畳の上に端座して、対の佐為に嘆嗟する。 (いや、父上。そのようなこと、おっしゃらなくとも結構です。) 葉月は、思わず額に手を当て、心の中で懇願する。 「元気があるのは、結構なこと。」 そう、澄ました顔で佐為が言うのに、 (全ては、あなたの所為であろうがぁぁっ〜!) 葉月は、膝上で拳を握り締め、心の中でそう叫ぶ。 「いやはや、そう言ってくださるのは、佐為殿くらいなものですよ。いっそ・・・」 (いっそ?) 「いっそ、妻にでもしていただければ・・・、」 (はあ?はぁぁぁ??????な゛っ・・!!) 「ちっ・・!!父上ぇぇっっ〜!!!」 そして、ふたたび葉月の雄叫びが、邸中にこだました・・・。(つづく・・・^_^;) |