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「誰の許しがあって来た!」
そのからかうような言い様に、葉月が“ぱっ”とほほを染め上げると、気色けしきばんで問いただす。

「清忠殿がられぬのは、先刻せんこく私も承知だが、今日ここへとぶらうことは、清忠殿よりそなたに申しつうじているはずだがな。」
そう言いながら、佐為は流れるような身ごなしで、事も無げに近づくと、対局半ばのその盤面を興味深げにのぞき込んだ。



そう言われれば、今朝方けさがた参内さんだいする父に、白浄衣はくじょうえ着装きそわせた折、そのようなことを口にしていたような気もする・・・、

呆気あっけに取られた葉月の方は、そんなことを思い返す―――。

そう、葉月はその身支度みじたくあわただしさに、ついそれを聞き過ごしてしまっていたのだ。



“はぁ”と大きく溜息ためいきくと、「で?」と一言ひとこと佐為に問う。

いつの間にやら棊局近くに座り込み、その端正な口元に扇を当てたいつもの仕草で、盤面から目をらすことなく、「囲碁の手解てほどき。」と、こちらも短くそう答えた。

「は・・・?て・ほ・ど・き?」
呆然ぼうぜんと、葉月が鸚鵡おうむ返しで繰り返す。

「て・・手解って、こっ・・ここで、囲碁を教えるということかっっ!?」
やっと事の次第しだいを理解して、思わず腰を浮かせた葉月に、佐為は玉のかんばせを振り向けて、“にっこり”と微笑ほほえむと―――、

「お手柔らかに。」と一言告げた。

「はぁぁぁぁ!????」
葉月が“ぺたり”と腰を落とす。

父上が決めたこと。百歩譲って、囲碁を教えるのは良しとしよう。だがこの男が相手では、まだ年端としはも行かぬ童部わらわべらに、いったい何を“手解”されるか分かったものではないのである。
女を口説くどく”いろは”など懇切丁寧こんせつていねいに教えられては、目も当てられないのだ。

そう、はっきり言って、この男、限りなく”怪しい”・・・のである。

葉月は、“がくり”と肩を落とすと、「な・・何故・・・。」そう、”ぽつり”とつぶいた・・・。



「お前は、囲碁を打つのが好きか?」
そんな葉月を気にとめることも無く、大きな瞳を“くるり”と見開き、好奇心を満面にたたえて、自身を見つめる黄蘗おうばく色の童水干姿に、そう佐為が問い掛けると、
「う〜ん。でも双六そうろくの方がもっと好き!」、物怖ものおじもせずそう答える。
「そうだな、確かにあれも面白いな。」、そう言うと、”ふっ”と佐為が微笑ほほえんだ。

(先日、ここで手合わせした折り、たいそう勘所かんどころの良い子がいると、清直殿が申されていたが・・・。)

目の前に散りばめられた黒石の手筋てすじの跡を、探り出すかのように目を少し細めると、“ふむ”と一息吐息といきをついて、その盤面を見定める。

―――あの天元てんげんななめの黒のかけつぎ、

白はまだ、上のわたりは定まらず、ここでこの手を打たれては、中子なかごに白地のできる余地よちはない―――。

―――一見すれば、なんの変哲もない手筋だが、この一手・・・、偶性ぐうせいか−−−それとも・・・。


射抜かんばかりにその一点を見据えると、その清雅な眼差しが、たちまち、勝負師のそれへと変わる―――。


どちらにしても、この一手を打たれた上に、あの失着では・・・、

―――すでに葉月に勝機しょうきは無いか。

”ふっ”と、笑みを浮かべた佐為に、「な、何が可笑しい。」、そう葉月が鼻白はなじろむ。

「いや、誠に見事な失着と思ってな。」、そう言い終わる間もなく、たまらぬように”くくくくく・・・”と、可笑しげに笑い出すと、
「だっ・・、誰の所為せいだと思っているっっっ!!」、黒曜石の瞳を当てて、“きっ”と佐為をにらみつける。

「機にのぞみ、変化へんげに応じて、時宜じぎにかなった手立てをこうず。」そう、事も無げに佐為が答えた。

「は・・?」
「囲碁の・・というより、勝負事の奥義おうぎだな。」

早い話が、何があっても、その場、その時々に応じて、それに相応ふさわしい対処をしろ。と、言うことである。

「それに、欠けてる。」
そう、“さらり”と言って退けられてしまえば、葉月としても、さすがに反論の余地はない。

「う゛ぅぅぅ・・・。」
その紅い唇を噛み締めて、葉月がくやしげに項垂うなだれるのを、佐為が可笑しげに”くすり”と笑った。



「お前の名はなんと言う。」
佐為が、黄蘗色の童水干姿に問い掛けると、「ヒカル。」と、そう、“くるり”と大きな目をしばたかせて、臆する様子もなく答える。

「そうか、光か。私は、佐為。藤原佐為だ。」
「名前は知ってるよ。主上しゅしょう様に、碁、教えてるんだよね。ここで、教えてくれるの?いまからでも?」
光の瞳が“きらきら”と輝く。
「そうだよ。そのために来たのだからね。」
佐為が、”ふわり”と微笑ほほえんだ。

・・・と、

「な、何!」
”にっこり”ほほえむその笑顔が、不意に葉月に向けられて、その“にっこり”に葉月がたじろぐ―――。

「光の相手をしたいのだが。」
「わ、私にどけ。と、言うことか!!」
「そうしてくれれば、うれしいな。」
優しげな声色こわいろと、その目もくらまんばかりの美しい“にっこり”とは裏腹に、手に持つ扇で“ちょちょい”と追われ、”ぽつん”と端近そこに残ったのは、手持無沙汰てもちぶさたの葉月ひとり・・・。

(あなたなんか、大嫌いだぁぁぁぁっっ!!)

さすがに口には出せないが、心の中で思い切り、そう叫ぶ葉月であった・・・・。あらら・・・(^_^.)


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