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「そなたが、気にすることはない。」 最後の一子を並べ終わると、自身を見上げる心細げな困惑顔に、佐為はそう優しげに声を掛けた。 葉月が蹴立てるように出て行ったのが、自分の所為だとでも思っているのか、あかりは今にも泣き出しそうに、つぶらな瞳を瞬かせている。 「ほら、ここで終わっていたはずだ。当りがあるよ、よく見てごらん。」 その盤上には、もう一度復習ったように、石がきれいに置き直されている。 「お前もだよ。葉月は、私の軽はずみな振る舞いを怒っているのだ。」 普段のやんちゃな様はなく、傍らでしょんぼりとした下げ髻に”ふわり”と撫でるように手平を乗せると、童部らが、それぞれに”しゅん”としている様子に、”ふむ”と小さく吐息を吐くと、佐為は徐に立ち上がった。 御簾を隔てた廂には、 心地よい爽やかな秋風が吹き渡る―――。 その廂を踏み締めるように、”のしのし”と歩む葉月が、 「わかっている!」 そう鋭く独言つと、込み上げた苦いものを、”こくり”と飲み込んだ。 わかっている、 わかっているのだ・・・、 すべては、戯れ、何もかも―――。 ただ、佐為が面白がって、直ぐに突っかかる葉月を、からかっているだけなのだという事を。 だから、素知らぬ振りをして、取り合わなければ良いのだと、わかっているはずなのに、つい、向きになってしまうのだ。 「はっきり言って、迷惑千万!」 その不用意な言葉に・・・、 僅かに揺れた佐為の瞳―――。 その居たたまれなさに、追われるように場を後にした、そんな、自分を持て余す・・・。 いつの間にか”のしのし”が”とぼとぼ”に変わった葉月の歩みが、 対の屋の中程に設えられた階あたりで”ふ”と止まると、”とん”と落ちるように簀の子縁に下り立ち、階の欄干に歩み寄った。 この西の対の屋の庭先には、そこかしこに植えられた、母者が好きだったという桜の木々が、色とりどりの鮮やかな錦綉に彩られた枝葉の間に間に垣間見える。 葉月が三歳になった折、父がそれを祝って植えてくれたそうである。 その庭先を抜けて続く細い山道を緩やかに下った所に大きな池があり、その傍らに佇む樹齢数百年と言われる、これまた見事なまでの枝垂桜の古木を、拝伏するかのように父が植えた桜の木々が、池の周りを“ぐるり”と囲む。 春ならば満開の薄い紅色や真白い花が、 その命を謳歌せんばかりに咲き誇り―――、 風に舞い散る花びらは、 儚い夢幻を垣間見せる―――。 あの時―――、 “ぱん”と音が聞こえた気がした。 ―――眩まんばかりに煌いて、 真白に弾けた花吹雪―――。 白い、白い、光の向こう―――、 悲しげな――― あれは・・・、 あれは、一体いつのことだったのか。 「ここから見る山の紅葉も、風情があって実に良いな。私は、この風景がとても好きだよ。」 穏やかな佐為の声で、葉月は“ふ”と我に返った。 欄干に寄りかかり、階に腰を下ろした葉月の傍らに、その煙立つ美しい双眼を遥やかな山景に向けた佐為が、然りげ無い様子で佇んでいた。 「葉月、そなたは”神の一手”と言う言葉を知っているか。」 静やかな声が、不意にそう問う。 (神の一手・・・。) まだ、夢現に茫とした様子で、どこか遠く、葉月は心でそう繰り返した。 「最強の、かつ必勝の一手とも言うべきか・・・。 神の一手など誰にも極めることはできぬもの。 だがな、そこに近づこうとすることこそが大事なのだよ。三千年の昔から、誰もがそれを極めようとし、そしてこれから先の三千年、また誰もがそれを極めようとする。 私はね、葉月。その布石の一つで良いと思っている。私という石が一歩その手に近づけば、続く一手が、更に神へと近づける。 そうして、それが永劫に続いていくのだよ。 神の一手という限りの無い高みを目指して。」 琴線が鳴る―――。 その音色を確かめるように、 ゆっくりと佐為を見上げた葉月の瞳と、 柔らかく葉月を見下ろす、 清雅な佐為の瞳が重なる―――。 「葉月、そしてそれはそなたの父、清直殿の想いでもあるのだよ。」 |