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今夜の番組チェック

白木蓮の雫
−18−


「結局、私は一体何をしに来たのだろう。」
御匣殿みくしげどのから透廊すきろうを渡り、常寧殿じょうねいでんの北の簀の子すのこを”とぼとぼ”と歩く葉月は、「はぁ。」と溜息混じりにつぶやいた。

今日は、御匣殿の蔵人くろうどらに、呼ばれて来たのだ。

最近、特に内裏だいりつぼねによく呼ばれるのだ。他愛のない占いの話から、べにの色がどうだとか、何処どこそこの公達きんだちが素敵だとか、こんな文をもらったとか、若い女官にょうかんたちの交わす話は、いつの世も大体似たようなものである。

そんな、さんざめくような取り止めのない話の終わりに、近頃、必ず”藤原佐為”の話が持ち上がるのだ。
確かに以前から、話にのぼることは多かった。
誰もが見惚れるその美貌と、誰もが認める才能の持ち主である。当然ながら、艶聞えんぶんも数多い。(事実か否かは別として。)口さがない若い女官たちが、黙っているわけはないのである。

だが、どうやら、このところ囲碁の手解てほどきに、社務どころへ訪れる佐為と葉月が、都中みやこじゅうで噂になっているらしいのだ。
初めはただ、出入りしている、と言うだけだった話が、噂となると、大概面白可笑おかしく伝わっていく。

いつの間にか、「男に手馴たなれた女しか相手にしない藤原佐為が、生娘きむすめもりやしろの巫女殿に手を出したのか、否か。」と、いうような話になっているらしいのである。

全く、迷惑な話である。
大体、たとえそれが事実だとしても、皆が皆、口をそろえて葉月を生娘だと決め付けていることが、葉月としては少々複雑なのである。
なんだか、「誰一人言い寄る男もない女」と、言われているような気がするからだ。


で、今日も・・・、


初めこそは、他愛のない恋占いで盛り上がっていた蔵人たちが、若い公達の噂話やつやめいた恋の話に変わる頃、いつの間にか、好奇に満ちた八つの目に、”ぐるり”と葉月は囲まれていた。


そして・・・、


「最近、そなたのところへ佐為殿が通っておろう。」
待ちかねたように、一人の蔵人がそう切り出した。

(はー、やはり来たか。)
と、葉月は溜息混じりに思いつつも、
「碁を習いに来る子らに、手解てほどきに参られております。」
と、とりあえず事実だけを手短に答えた。
このところ、必ず聞かれるのである。もう、葉月の方も要領を得ている。

「ふうん・・・。で、何処どこまで行った。」
「は?」
あまりの単刀直入さに、さすがに開いた口がふさがらない。
大体、「手解きに来る。」が何故「何処まで行った。」につながるのか、良くわからない。
これが歌のかみの句と、しもの句ならば、都中のいい笑いものである。

心で「はぁー」と大きく溜息ためいきくと、
「別に、なんにも。」
葉月は、そう短く答えた。

「えぇぇぇぇぇー!!」
蔵人四人が一斉に、非難めいてさざなみ立った。
要は、「そんなわけないだろう。」と、言うことである。「そんなことないだろ。」と言われても、それが事実である。葉月は黙っていた。

「では、順に聞こう。」
先ほどの蔵人が、気を取り直すように、居住いずまいを正すと、そう”にっこり”と微笑んだ。
「手、は握られたか。」
とりあえず、恋のいろはの、「い」から聞くつもりらしい。

「いえ、別に。」
葉月は、これまた事実だけを短く答えた。手首をつかまれたことはあっても、「手」など、握られたことはない。

「・・・」
しばしの沈黙のあと、四人の蔵人たちは互いの顔を見交みかわすと、先ほどまでの満面の好奇心は何処どこへやら、
「まあ、この人数でもあるし、貝合わせでもどうだ。」
そう言うと、そそくさと立ち上がり、おけを持って来ると、美しいとりどりの貝殻を並べ始める。

最近、ほとんどこの調子である。
後は、貝合わせが双六になるか、碁になるかの違いである。もうすっかり、葉月も慣れっこになっていた。

ただ今度は、あの”藤原佐為”が”手”さえ握らぬ女と、取り沙汰ざたされることが、一体どうなのか、こちらも少々葉月としては複雑なところではあるが。

さすがに先日、見栄みえを張ったと言う訳ではないが、
「一度、口付けされそうになった。」と、口走ってしまいかけたが、それが後で佐為の耳に入って、”つい”で仕掛けたことが、バレた時、陰陽師の魔除けではないが、「女失格」と書かれたふだを、”ぺしり”と”おでこ”に張られるような気がして、結局それは思いとどまったのだ。



「はあ。」
簀の子の突き当たりを”くい”と曲がると、も一度、葉月が溜息ためいきいた。

「大体、なんで、私がりにって、あの男と噂されなくてはならないのだ。」

佐為を良く知る女たちは(必ずしも深い仲ではなさそうにしろ)、みな優雅で優しい男と口をそろえる。
百歩譲って、「優雅」は認めるとしても、「優しい」は納得いかない。

いまだかつて、小指の先ほども優しくしてもらった覚えなぞ、葉月には一度もないのである。
なのに、この噂である。そう思うと、だんだん腹が立って来る。

相変わらず、いそいそと子らに教えに来る佐為は、噂のことなど ”おくび”にも出さない。佐為としては、別に今更そんなもの、露ほども気に留めていないのだろう。
大体、葉月を女だと、思っているのかどうかさえ、怪しいものなのである。

一人あれやこれや思い巡らせるのが、なんだか馬鹿らしくなってきて、
「私は知らない、関係ない!」
そう振り切るようにつぶやくと、葉月は宣耀殿へ続く透廊すきろうに足を向けた。



この反橋の下を流れる、もりのせせらぎを思わせるような遣水やりみずの美しい流れが、葉月は大好きである。

いつものように高覧こうらんに寄り、その水面みなものぞき込もうとして、向かいの回廊にたたずむ、その姿に気が付いた。
と、言うより黒い装束しょうぞくが目端にまったのだ。



何気に上げた葉月のまなこに映ったのは―――、



寄り添うような漆黒の衣冠いかん姿と、
     深黄ふかきあでやかな小袿こうちぎ姿・・・。



(あ、逢引?)
そう思い浮かんだのと同時に、

   ”とくん”と葉月の鼓動が鳴った。



―――衣冠姿のその人の、
        烏帽子えぼしを頂く長い黒髪が、
   秋の穏やかな陽の光を、
           ぬめるように映し返す。


遠目にも見て取れる、
     その見慣れた端正なかんばせは・・・、


「佐為だ・・・。」


葉月が茫然ぼうぜんと立ちすくんだ。



寄り添う姿が、尚も互いに近づくと、

   触れ合わんばかりに寄せ合った
          顔と顔が重なり合い―――


やがて・・・、


ゆっくりと上げられたかんばせが、少し驚いたようにこちらに向けられると、葉月は”はっ”と息を呑んだ。


”どきり”と大きく鼓動が打つ。
”すとん”と、血のが引いた気がした―――。


見てはいけないものを見てしまった、と言うより、見たくないものを見てしまった、という感じであろうか。

葉月は半歩後退あとずさると、”くるり”ときびすを返し、今来た道を足早に引き返した。


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