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今夜の番組チェック


−22−


(・・・え?)
葉月が ”きょとん”と、目を見開いた。


そして――、

   ”ふわり”とくゆった芳香ほうこうに、
       誘われるように ゆっくりと、
     上げた瞳に映ったのは・・・、

   いつもの優美な優しい笑顔―――。



(わ、わーっっ!でっ・・・、出たっっ!!)


「出た!」と言っても、もちろん ”ゆうれー(幽霊)”ではない。佐為である。
葉月が一人 ”あたふた”と、あわてふためいてるあいだに、いつのにやら誰が差し出したのか、円座の上に座り込んだ佐為と、顔を上げた拍子ひょうしに、思いがけなくも目が合ってしまったのだ。


(き、きゃーっっ、なっ、なに、なに、何ーっっ!?)


さっぱり訳がわからない。
だが、佐為の顔を目にしたとたん、”ぼっ”と顔から火が出そうになったのだ。
たちまち、ほほが赤らむのが、自分でもはっきりと感じられて、慌てて手平でおおい隠すと、”くるり”と顔をそむけた葉月に、佐為は ”くすり”と目を細めると、

所用しょように手間取り、せめて拝顔はいがん願おうと、ここまで参りましたら、楽しげな笑い声が、その妻戸つまどの前まで聞こえておりましたよ。」
ほうそでを ”さらり”と払い、りん居住いずまいを正すと、そう、畳をはさんで対座する倩命婦せんのみょうぶした。


「ほほほ・・・」
命婦殿が、可笑おかしげに声を上げた。

由良ゆらが、また男にれて。
それが今度はりに選って、あの気の弱い青瓜あおうり少輔しょうゆう殿だと言うから、なんとまあ気の毒なことだと、皆で同情しておりましたよ。」
手馴れた仕草しぐさで ”するり”と広げた、派手やかな泥絵でいえの扇を、さりなく口元にかざして、おどけたように答えた命婦殿に、まわりの女蔵人にょくろうどらが ”くすくす”と声をひそめて笑い出すと、

「もぉ、御局おつぼねさまぁ、”またぁ”などと聞こえの悪いぃ。今度こそ、大丈夫でございますぅ。万端首尾ばんたんしゅびう、葉月殿が占のうてくれましたぁ。」
”由良”と呼ばれた蓮葉はすはななりの女房が、”ぴょこん”と身を乗り出して、一瞬、びた目付きを佐為に向けると、あの少し調子のはずれた甲高かんだかい声で、つくろうように言い分けた。


(―――え?)

突然、自分の名を耳にして、驚いたのは葉月である。
ここは、とにかく事もなく、”とっと”と退散したくて、先程からずっと、どうしたものやら、懸命に考え込んでいたのだ。

願わくは、こっそりと消え入るような呪文でもあればいいのに、今度きっと陰陽師おんようじにでも聞いてみよう、などと、訳のわからぬことを真剣に考えていたところに、
突然、名が引き出されたのに驚いて、”ひょっこり”上げた葉月の顔を、佐為は ”ちらり”と見て取ると、

「ほう、巫女殿の占いねぇ。それはまた逸興いっきょうな。
男と女の機微きび一つ、知らぬな巫女殿の、占う他人ひと恋路こいじとは・・・、はてさて一体如何いかなるものか。」
そう、からかうように ”にっこり”と、艶やかな笑顔で声を掛けた。

(・・・は?)

何気なにげに顔を上げた拍子に、不意に自分へ向けられた、相も変わらぬ綺麗な ”にっこり”に、またまた ”ぱっ”と赤らみかけて、葉月は、一瞬、”どぎまぎ”しかけたのだが・・・、

(な、何?き、機微??)

”ふ”と気を取り直して、よくよく聞いてみれば、久方ぶりに会った相手に、開口一番、相変わらず失礼な言い様である。
面と向って臆面おくめんもなく、”色恋ひとつ知らぬ女に、他人ひとの恋路が占えるのか。”と、言われているのである。
佐為としては、理不尽りふじんとしか思えぬ葉月の仕打ちに(あくまで佐為としては)、”やんわり”嫌味いやみの一つも言ったつもりなのであろうが、そんなことなど、葉月が気づくはずもなく・・・、

(はぁ?)
なんだか、一人 ”あたふた”と慌てふためいているのが、馬鹿みたいに思えて来て、さすがに少し ”むっ”として、佐為を ”ぴたり”と見返すと、
「占いは、占兆せんちょうにより現れた、その成り行きを見分けるもの。人の心を読むものではありませぬ!」
そう、”ぴしり”と言い返した。

「ふうん、なるほどね・・・。
ならば、ぜひ私も占ってもらいたいものだな。」
端正な口元に、”とん”と扇を打ち当てると、”くすり”と佐為が微笑んで、そう、葉月に応えるなり、

「ほほほ・・」と、高らかに声がして、
「女に手練てだれたそなたにも、そのように思いわずらうことがあったのやら。」
そう、可笑おかしげに割ってると、”ゆさゆさ”と大きな体を揺するように、倩命婦が笑いけた。

「これはまた、お口の悪い。
女子おんなごのあしらいは碁の手立てだてより難しいもの。碁の手筋てすじなら読めもしますが、女子の心の内など、いま皆目かいもくわかりませぬよ。
おかげで、先日も、戯事たわむれごと見咎みとがめられて、未だ少々めております。
全く、いつになれば機嫌きげんを直してくれるのやら、ぜひ巫女殿にうかがいたいものだ。」
そう ” にっこり”と澄ました顔で、洒洒しゃあしゃあと命婦殿に言って退けると、からかうような眼差しを、”ちらり”と、葉月に向けた佐為に、

(は、は、はぁぁぁーーーーっっ!?)
ここで葉月が ”ぷちり”と切れた。


たっ、たっ、戯れーーーっっ!?
たっ、戯れで、あなたは!”あのようなこと”を、”あのような場所”で、
堂々どーどーとなされるのか!!
その!いつもながらの不埒ふらち所行しょぎょう!全くもって、あきれ果てる!!
占うまでもなく、その者とは凶!二度と、係わり合われますな!!」
”たん!”と畳に手を突いて、噛み付かんばかりの勢いで、佐為に食って掛かると、葉月は ”くるり”と命婦殿へ向き直り、”ぺこり”と頭を下げて、

「御局様、申し訳ありませぬ。これからまだ、訪ねねばならぬ所がございます。今日はこれにて、御暇おいとまいたしとうございます。」
そう言うと、今度は丁寧に辞儀じぎをするなり、”すっく”と立ち上がると、”きっ”と佐為を睨みつけ、”ぷい”と横を向くと、几帳の脇をすり抜けて、”ぱさり”と押し広げた御簾のいとまをくぐり抜けた。





「な、何が男と女の機微、だ!あんな浮気な女たらしに、言われたくもない!
おまけに、いつになれば機嫌が直るか、などと。あれでは、まるで私の方がねているようではないか!
全く!気にさわる言い様を!なんで、あの男は、いつも、いつも、ああなんだっっ!!」
”たん!”と、音が聞こえそうな勢いで、ひさしに降り立つと、”のしのし”と歩き出した葉月が、そう、声を荒げた。

葉月の方にしてみれば、すべてはみんな、あんなところで、堂々とれ合っていた佐為の所為せいなのである。
このところ、手習いを休んでいるのも、宮中で、わざわざ遠回りをするのも、すべては、佐為と顔を合わすのが気まずくて、会いたくないが為なのである。
そして、そのことは、佐為の方だって、わかっているはずなのだ。


なのに・・・、


久方ひさかたぶりに顔を合わせた、と思ったら、機嫌きげんはどうか、とか、元気だったか、とか、気褄きづまを取るなり、安否を問うなりすることもなく、いきなり喧嘩けんかを吹っ掛けられたようなものなのだ。


(何なのだ・・・)


そんなことを、気にしていたのは、自分の方だけで、佐為の方は、何とも思っていなかったのだ・・・。

そう思うと、なんだか、つくづく自分が馬鹿みたいに思えてきて―――、


いつの間にやら ”のしのし”から ”とぼとぼ”に変わった葉月の歩みが、


いつしか ”ぽつん”と立ち止まると・・・、


「や、やっぱり、あんなの大嫌いだ!! 」
そう、声を上げ、”くっ”と手平てひらを握り締めると、今度は ”すたすた”と歩き出した。



すっかり青味出した空が覗く、蔀格子しとみこうしね上げられた半蔀はじとみの窓からは、少しひんやりとした、丁寧に磨き上げられた床板の上に、淡い薄日がこぼれ落ち、
口さがない女房たちが、また、人の噂でもしているのか、耳を澄ませば、やっと聞き取れるくらいの話し声が、御簾を通して ”さわさわ”と、そよぎ渡る回廊を、漏れ聞こえてくる話し声など気にも留めずに、足早あしばやき過ぎた葉月は、

「そうだ、そうだ、あんなの、初めっから大嫌いだ!」
そう、もう一度繰り返すと、突き当たりの塗籠の角を ”くい”と曲がり、

「いけ洒洒しゃあしゃあと澄ました顔して、何が 『私もぜひ、占ってもらいたいものだ。』だ!
全くっ!なんで私が、あんな女ったらししのことなぞを、この大切な羅盤らばんで、占わねばならぬのだ!そんなの絶対、お断りだっっ!!」
そう、腹立たしげにつぶやいて、胸にかかえた包物つつみものを、”きゅっ”と大切そうに抱き締めると・・・、

”ふ”と怪訝気けげんげな顔をするなり、”ぴたり”と、不意に足を止めた。


そして・・・、


もう一度、確かめるように手を当てると、いきなり ”ぺたり”と座り込み、床に置いたつつみつまを、一端一端ひとはしひとはしもどかしげに ”ぴらり”とめくって広げると・・・、


「なっ、なっ、なーいっっ!!」
と、大きな声を上げた。

そう、どう見ても、大切な羅盤が見当たらないのである。

可愛い唐花からはなが散らばった、綾織あやおりの綺麗な朱色の平包ひらづつみの上には、使い込まれてはいるが、丹念に磨き上げられた一尺足らずの唐尺からしゃくと、”でん”と分厚い暦書れきしょが一冊、乗っているだけである。
さっき、佐為への腹立ちの余り、蹴立けたてるように退座して、うっかり命婦殿の局に忘れてきてしまったのだ。


(どうしよう・・・。)
「はぁ。」と、葉月が大きく溜息ためいきいた。
大切な羅盤を、このまま置いて帰るのは気が引けた。だが、取りに戻る気にもなれなかった。
それ以上に、佐為ともう一度、顔を合わせるのが、どうしても嫌だったのだ。

(仕方ない。明日、も一度、取りに来よう。)
そう思い直すと、「はぁ。」と、もう一度溜息を吐き、葉月が、冊子そうしを包み直しかけた時・・・、


「これを、忘れている。」


そう、後ろから声がして、目の前に ”ふわり”と、羅盤が差し出された。


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