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今夜の番組チェック


−24−


その部屋には、さすが大臣おとど曹司ぞうしだけあって、誰の目にも、名に立つ職人の手業てわざであることがうかがいい知れる、金銀、螺鈿らでんの見事な細工さいくきらびやかな調度、小物のみならず、正面に ”でん”と置かれた、艶々と黒光くろびかりする漆塗うるしぬりの几帳台きちょうだいには、金銀の老松おいまつの葉が、一本一本丁寧ていねいに織り出された、重たげな白い練絹ねりぎぬ金襴きんらん帷子かたびらが掛けられており、そのかたわらに置かれた衣桁いこうには、亀甲きっこう模様に金の鴛鴦おしどりが浮き織りされた、めったに御目に掛からぬような、豪華な二陪織ふたえおり紫紺しこん表着おもてぎ造作ぞうさなく飾られている。



「おう!」


その几帳の向こうから、野太い声が上がって、”にょっきり”と突き上げられたいかつい腕のてのひらが、”ぴらぴら”揺れると―――、

「遅い!将曹さかんらは、うに行ってしもうた。ったく、一人じゃ、何もすることがない!」
そう、不機嫌そうな声がして、”ひょっこり”と友成が、几帳の上から顔をのぞかせた。


この時代、近衛このえの仕事と言っても、たまに夜中、どこぞの殿舎でんしゃひさしにまで、こそ泥が忍び込んだ、と、大騒ぎをする程度で、荒っぽい争いごとなぞ ”とん”とないのだ。
(たまに紫宸殿辺ししんでんあたりに物のが現れた、などと言う噂を耳にするが、近衛でさえ滅多に、人気ひとけのない真夜中などは、そんな所に近寄らぬものだから真偽の程は良くわからない。)
大体、若い女官にょうかんらの憧れのまとである頭中将とうのちゅうじょうに至っては、貴人の先払さきばらいなどをつとめることもあって、腕っ節うでっぷしより見た目が大切、と言うくらいの平穏な時代に、警護の為に宿直とのいする少将が、この真昼間まっぴるまにすることなぞ、大人しく詰め所に詰めていることくらいなものなのだ。


よほど手持無沙汰てもちぶさただったのか、”ぷう”と少しふくれっつらで、葉月をにらみつけた友成の顔は、男にしては心持こころもち ”ぽっちゃり”として、”くるり”とした まあるい目に長いまつげ、鼻柱の通った肉付きの良い小鼻と、ちょっと厚めの ”ぷっくり”とした、案外あんがいと形の良い艶々とした薄桃色の唇には、さして迫力は感じない。
どう見ても、図体ずうたいはでかいが、良家りょうかで育った おぼっちゃま、としか見えぬ容貌は、若い女官にょうかんらから飛びぬけて男前と、騒がれる程ではないが、多少 口は悪いけれど、明るくて、どこか愛嬌あいきょうのある面倒見の良い人柄は、結構、評判が良いようである。


「ち、ちょっと、途中、手間取って・・・」
帽額もこう裾辺すそあたりまで巻き上げられた、御簾のいとまをくぐると、珍しく少し口篭くちごもりながら答えた葉月に、

「ああーん?手間取ったぁぁ?」
几帳の上に肩まで上がり、”ぷらり”と両腕を垂らして、ジト目で葉月を見上げると、怪訝気けげんげに間延びした口調で、そう繰り返した友成が、

「おっ、おわっっっ!!さっ、佐為殿!?」
突然、大きな声を上げた。

不意に御簾の陰から、佐為が ”ひょい”と顔をのぞかせたのだ。


”がたん!”


と、大きな音を立てて、あわや几帳を倒しかけたのを、慌てて引き戻すと、

「おっ・・、おまっ、お前!いっ、いつの間にそんな仲に、な・・」
よほど葉月と佐為が連れ立って現れたのが、意外だったのか、丸い目を更に丸く見開いて、”あんぐり”口を開けて尋ねかけた友成が、言い終える間もなく、

「なってない!」
”ぴくり”と眉間みけんしわを寄せ、間髪かんぱつ入れず、葉月が ”ぴしり”と言い返した。


「こ、これは・・・、ち、ちょっとお待ち下され。」
しどろもどろに、そう言うと、”ぴょこん”と頭を引っ込めて、しばらく ”ごそごそ”したかと思うと・・・、


”とん!”と、几帳が押しやられて、


「大変失礼しましたなぁ。」
と、申し訳無げに、円座の上に ”ぺたん”と座って、腰紐こしひもを結びながら現れた友成は、裏地の蘇芳すおうが薄く透けた、見るからに上等そうな、銀糸の浮線綾ふせんりょうきららかに織り出された白い固地綾かたじあやの桜の直衣のうしを着込んでいる。

だが、その首上くびかみ蜻蛉とんぼ玉にかろうじて引っ掛かっている受緒うけおは、今にも ”ぽろん”とはずれそうだし、前身の始末しまつも ”べろん”とたわんで、”ぐずぐす”にゆるんだ絹衣きぬごろもは、見るに耐えない有様ありさまである。
どうやら来るのは葉月一人と思っていた為、かなりくつろいだ格好をしていたようで、そこに突然、佐為が現れて、慌てて身形みなりを整えたようとしたらしい。


「いや、うちきのままで構いませぬよ。私も、御邪魔してよろしいか。」
そう、”くすくす”と可笑しげに笑う佐為に、
「おお、これは気付きませんで、申し訳ありませぬなぁ。」
と、”ぽりぽり”頭をきながら丁重ていちょうすすめた円座を、葉月には、”ほれ”とばかりに投げてよこすと、かたわらに座り込んだ二人を、妙な したり顔で見比べて、
「そうか、そうか、それは良かった。」
と、”にかっ”と満面の笑みを、葉月へと振り向けた。


実は、最近、怒っているやら、落ち込んでいるやら、どちらなのか良くわからぬが、とにかく、「何かあったのか?」と、問うまでもない葉月の様子が気になって、
それとなく尋ねてみた神司かむつかさから、仔細しさいについては わからぬが、どうやら その事に佐為殿が係わっているらしい、と、聞いていたのだ。
だから、突然、二人して現れたのには、びっくりしたのだが、なんであれ これで葉月の気持ちもほぐれる、と、そう思うと、何だか とても うれしかったのである。


「なっ、何!」
その妙な したり顔に、葉月が少し赤らんで、つっけんどんに突っ掛かると、
「いやいや、なんでも・・・。
だが、お前一人と思おておったから、こんなものしか用意しておらなんだ。」
と、”ひょい”と ”ぐずぐず”の身をらし、背後うしろから ”かたこと”と、引っ張り出してきたのは・・・、


―――双六そうろくばんである。


「佐為殿が来られるとわかっておれば、碁の用意でもしておきましたものを。こんな機会、そうそう滅多にありませぬからなぁ。」
そう、残念そうに ”ぽそり”とこぼすなり、
「ま、そんなことを言ってても始まりませぬし、どーですか、ここは一番、葉月としてみられませぬか。葉月の方が、私より強いですからなぁ。」
と、またまた ”にかっ”と満面の笑みを浮かべると、そそくさと佐為と葉月の間に、双六盤を割って入れた。


(え゛ーーーーっっ!)
と、叫んだのは、葉月である。(もちろん、心の中で、だが。)
今日は、よくよく驚かされる日である。

「な、な、なんで、わ、私が、この男と双六なぞ、せねばならぬのだ!!」
そう友成に、気色けしきばんで突っ掛かってみたものの、

「まあまあ、良いではないか。折角せっかくこうして参られたのだし・・・。
それとも何か?なんぞ不都合でもあるのか。」
と、なだめるように手を振って、あらたまって聞かれては、どうにもいらいようがない。特に理由がある訳でなく、単に嫌だ、と言うだけなのだ。

おまけに、き立ての餅で作った鏡餅のように、”でろん”とたるんでひろがった珍妙ちんみょうなりをしたのが、大仰おおぎょうに腕を組み、真面目腐った顔付きで問いただす様子は、なんだか余りにも間が抜けていて、とやかくあらがう気もうしなって・・・、

「べ、別に。ふ、不都合ふつごうなぞ、あるわけではないが・・・」
と、だんだん声も小さくなって、浮かせた腰を ”とん”と下ろすと、


「ならば ぜひ、一局手合わせ願おうか。」

その様子を見計みはからうように、”さらり”とほうを打ち払い、佐為は、葉月へと向き直ると、

      ―――”にっこり”と微笑んだ。



双六は、双方 十二に区切られたの中を、さいの出目のかずに従って、定位に置かれた十五のこまを移動させ、先に全ての持ち駒を、相手の陣地に入れた方が勝ち、と言う遊びである。


「では、何をけようか?」


”ぱちり”と最後の駒石を並べ終えると、佐為が、そう切り出した。

「賭・け・る・・?」

確かに、双六は、賭事とじとしてきょうずることが多いのだ。
だが、突然そんなことを言われても、賭物とぶつにするようなものなど、そうそう持ち合わせているはずもなく・・・、


「そのようなもの、何も持ち合わせておりませぬ。」
そう、葉月が答えると、

「だろうね、私もだ。ならば・・・、
負けた者が、勝った方の望みをかなえる、と、言うのはどうかな?
例えば、そうさな、私が勝てば・・・」

と、佐為は何やら思わせぶりに、葉月の顔を見下ろすと―――、


「そなたが、私に口付けする―――、とか?
もちろん、言うまでもなく、

・・・ここにだよ。」


そう、”にっこり”と微笑んで、”すらり”とした指先を、”とん”と打ち当てたのは、綺麗な桜色の唇である。


「は・・?―――なっ!!」


一瞬、何を言っているやら、さっぱり わからなかった。
だが、事の次第しだいを理解して、葉月が ”ぱっ”と色めき立つと、
「いいではないか。そなたが勝てば、なんの問題もない。そなたの方は、何を望む?」
言い返すもなく、佐為がたずねた。


「な、ならば!
あなたが負ければ、二度と私にかかわらぬことを!」


そう声を上げ、葉月が ”ぴたり”と見返すと、


「ふうん、なるほどね、そう来たか。いいよ、それで、そうしよう。」


佐為は、”ふわり”と盤面へと目を移し・・・、


「だがね、葉月、私はね―――」


どこか楽しげに、そう言うと、



 ゆっくりと上げられた、
     佐為の涼やかな眼差まなざしが・・・、



「双六も、得意なのだよ。」


     ―――葉月の瞳をのぞき込んだ



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