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「いち・・、にい・・、さん・・」
ゆっくりとかずを追い、指先にはさんだこまを、佐為は一枡ひとますごとに進めると、

「葉月、これは振り出しだ。」
先に陣取じんどる葉月の駒を、盤面の中程に ”ひょい”と優雅に押しけて、
「しい、ごう、ろく、なな―――、私の勝ちだ。」
最後の自分の持ち駒を、陣屋じんやに ”ぱちり”と打ち下ろすと、葉月に ”にっこり”微笑んだ。

(さっき、さいを振った時、もうあとよっつ大きい目が出ていれば、私が勝っていたはずなのに・・・)
そう思うと、どうしようもなくくやしさがわきき上がり、葉月が ”きりり”と唇を噛んだ。

そう、確かに 後四つ大きな目が出ていれば、さっき佐為がはじいた駒と陣屋手前でとどままる駒が、双方ともに上がっていたはずなのである。

双六は、囲碁と違って賽の出目のかずによって勝負は大きく変わるのだ。
だが そんなことなど物ともせぬ、佐為の思いも寄らぬ駒の運びに、その ”しれっ”と取り澄ました顔を、唖然あぜんと葉月が見返すたびに、”にっこり”微笑む佐為と目が合って、どぎまぎ慌てて顔を伏せたりしていたのだが、勝負も中程まで進んだ頃には、あきらかに葉月が有利であったはずの駒の並びが、終盤に近づくにつれ、”あっ”と言う間に追い込まれてしまったのが、さすがに どうにもくやしくて、あがりを告げた佐為の指先を、葉月はまじろぎもせず見つめていたのだ。



「では、ここへ・・・」

佐為は、”とん”と双六盤を押しると、”すらり”と長い指先が、いたあわいを指差した。


「ほら、早く。約束は、覚えているね。」
”きゅっ”と唇を噛んで、先程まで双六盤が陣取じんどっていた場所を、”じっ”と見つめたまま身動みじろぎ一つせぬ葉月も、そううながされては否応いやおうもない。
渋々しぶしぶながらも前に膝行いざると、互いのひざが くっつきそうな ”すれすれ”の間合まあいである。


「では、たのもうか。」
そう言って、佐為は楽しげに葉月の顔をのぞき込むと、”ぱちり”と目を閉じ、軽くあご上向うわむけた。


男女おとこおんな係わらず、綺麗な人は目を閉じてても綺麗である。
どんなに腕の立つ仏師ぶっしであろうと、これほどまでに端正なかんばせを彫り上げるのは絶対無理、と、思えるような佐為の顔立ちは、その整った桜色の唇に口付けるより先に、”ぺと”と手をて、その手触てざわりを確かめたくなるような清雅せいがな美しさである。


とは言え、今の葉月に そんな悠長なことを、思い巡らせる余裕などあるわけはなく、うつむいたかんばせは綺麗に赤く頬を染め、きつく唇を結んで、”きゅっ”と手を握り締めたまま微動だにしない。


「まだかな?」


待ちくたびれたように、佐為は ”ひょい”と片目を開けると、尚も項垂うなだれたまま きつく手平を握る様子に、


「ならば、私が仕掛けていいね。」
いつもの穏やかな声で、そうただされて、


”ぴくり”と、上がった葉月の顔は・・・、



   普段余り見ることのない、

       迷子まよいごの子猫のようで―――、



心許こころもとなげに見開いた黒目がちの大きな瞳に、
「目は、閉じてくれるかな。そんな風ににらまれては、手も足も出せないよ。」
佐為が ”くすり”と可笑しげに笑うと、葉月は観念したように、”きゅっ”と きつく目を閉じた。



「やっぱり、何かな・・・。
口付けすら、まだ ないのかな?」


不意に ”ひょい”と身を寄せて、かたわらに座る友成に、”こそり”と佐為が尋ねると、
「はぁ・・、私の知る限り、恐らくは・・・」
と、小鼻のあたりを ”ぽりぽり”とき、友成が当惑に答えた。


ずっと先程から、思わぬ成り行きに、身の置き所がなくて、”そわそわ”と落ち着かないのだ。
このまま ここにとどまるのも、お邪魔なような気もして、どーしたものかと、あれやこれや考えあぐねていたところに、それを知ってか知らずか、佐為が そう聞いてきたのだ。


「何を ”こそこそ”話しておられる!するなら、さっさと、なさいませ!!」
男二人で ”ぼそぼそ”と声をひそめて話す様子に、さすがに苛立いらだつように、葉月が声を上げると・・・、



不意に、


   ”ふわり”と―――、

       おとがいに、何かがれたのだ。



そして―――、



手馴れたように軽く上向うわむかせると、触れるや触れぬや分からぬ程に、


”そっ”と唇をなぞる、その指先に・・・、



―――葉月が、”ぴくり”と身をふるわせた。



突然のことに驚いて、”どきん”と大きく鼓動が鳴ったよりも尚、思いがけなくも その指先の甘やかな感覚に、”きゅん”と胸が高まって、締め付けられるように感じたのだ。


そんな高鳴りを振り払うように、尚もきつくまなこを閉じると、”さらさら”、何かが顔に当たって・・・、


   すがしい薫香が、

       葉月を ”ふわり”と包み込んだ―――。




「許してあげるよ、その代わり・・・、
今度、私の邸宅うちに来て、乳母めのとの相手をしておくれ。」
そう耳元で、優しげにささやく声に、


「―――え?」
と、小さく声を上げ、葉月が、うっすらうるんだ瞳を ”おずおず”と開くと、



  顔に掛かった艶やかな髪が、

             ”さらり”と揺れて・・・、



(やっぱり、涙目になっている。)
間近まぢか ”すれすれ”で、葉月の瞳を覗き込んで、佐為が ”くすり”と微笑んだ。



「なっ、なっ、何!?」

”ぱっ”と慌てて身を離し、にじんだ涙を誤魔化すように、どこか幼げに ”こしこし”と目をこする様子に・・・、


ただしね・・・、私の乳母うばやはね、」



佐為は悪戯気いたずらげな顔付きで、

     葉月の顔に目を当てると―――、



「・・・かなり手強てごわい。」



そう―――、

     ”にっこり”微笑んだ。




「て・ご・わ・い?」

怪訝気けげんげな声を上げ、”きょとん”と佐為を見上げた葉月が、”ぽん”と脳裏に浮かべたのは―――、



広ーいひろーい佐為邸の、長ーいながーい細殿ほそどのを、一人ひとり襷掛たすきがけをして、”拭き拭きふきふき”する自分の姿・・・。



「はぁぁぁぁーーっっ!?」


(こっ、今度は、私をき使うつもりかっっっ!!

   そんなの絶対、やだーーっっっ!! )


そう、心で叫ぶ葉月であった・・・。  


                      (あらら・・・)


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