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楊梅殿ようばいでんは、先の帝の未亡人、六条中院なかのいんのお屋敷である。未亡人といっても、まだ若く、そして才や教養のみならず、まれに見る美貌の持ち主でもある。そのためか、若い公達きんだちが多く集まり、一種社交場の様相を呈していた。

その楊梅殿で、競射が催されることになり、左右の近衛府の少将をかしらに、将監しょうげん将曹しょうそうあわせて10人ほどが集められた。

形式は、五名順立じゅんだて二手にしゅ四本の団体戦。その勝敗は、総的中てきちゅう数により決せられる。
中院から賜る賭物とぶつを争うのは当然ではあるが、かしらに右大臣家の子弟である右近衛うこんえの少将と、左近衛さこんえの少将である友成が立った為、両家の面目争いの様な格好になってしまった。
だが、友成の頼みの綱である朋輩ほうばいの少将に、にわかに参内の命がくだり、急遽葉月が駆り出されたのだが・・・。



友成の従者勝正かずまさが、文を携えて社務どころに現れたのは、一時いっときほど前のこと。

射手いての数が合わないと、懇願する文面に、致し方なしと駆けつけた葉月に、「遅い!」と、開口一番不平を言う友成の頭を弓で払った。 (・・・・痛い。)

北廂きたびさし高欄こうらんを背にきざはしをはさみ、左右の少将をはじめとして居並ぶ面子めんつを一瞥すると、勝負に拘泥こうでいする友成にも合点した。

友成の横に座下げざした葉月の姿を確認したか、ともなく側近の女房、一之瀬が現れると、競射の手立てを案内あないする。

ふと、葉月の目端に御簾が揺れた―――。

「なっ・・!?」
目先の御簾の端を押し開き、現れた姿に思わず上げたその声を、葉月は咄嗟とっさに呑み込んだ。
「どうされた、葉月殿?」
葉月を振り返り、怪訝な声音こわねで一之瀬が問う。
「い・・いえ、申し訳ない。」
思いがけぬその姿に、はしる心を落ち着かせ答える葉月に、一之瀬は微かに頷くと案内を続ける。

―――その声が聞こえたか、葉月の姿を認めると、少し驚いたようだが、あわてたような葉月のいらえに、“くすり”と笑うと―――、

―――佐為は、御簾のかたわらに端座たんざした。

紫とニ藍ふたあいの萩がさねの直衣に紫苑の指貫さしぬきを身にまとい、凛然りんぜんと座る姿も美しく、相変わらずのその麗容は、遠目にもあでやかである。

だが、当の葉月には、そんなことなど眼中にないようで、そのありえない状況に戸惑っていた。

(何故あの男がここにいる?
―――いや、それよりも、御簾の向こうには、中院様が居られるはず・・・、そこから現れたというのは、一体どういうことなのだ。)

確かに、うちとけた話などする時ならば、葉月のみならず友成でさえ、御簾の向こうにしょうることもある。だが、今のような状況では到底それは考えられない。

「おい、葉月・・・」
友成が、呆気あっけに入った葉月の様子に気が付いて、肘で突付くと小声で呼び掛ける。
ふと我に返り振り、仰いだ葉月の顔を見て、友成が“にやり”と笑うと、これまたさらに小声で言う。

「御前、知らぬのか。」
「何を」
勿体ぶった言い方をする友成に、葉月が渋面を作る。
「―――佐為殿はなぁ。」
その様子を見て取ったか、ますますからかうようなその大仰おおぎょうな物言いに、
「だから、何」
葉月の声音が低くいらめく。
「・・・中院様の愛人だって話だぜ。」
「は・・」
一瞬、目を見開いて、息を呑んだ葉月が、
「は・・ぁあ!?あっ・愛・・!」
「おっ・・おま・・・!」
思わず腰を浮かし、頓狂とんきょう声を上げるその口を、友成の手があわてて塞ぎ、再び目をそばだてる一之瀬に、取りつくろうような曖昧な笑顔を向けると、詫びを入れた。

「どうした、葉月。いつものそなたらしくもない。今日は、そなた紅一点。弓射ゆみいの手並み、楽しみにしていますよ。」
御簾を通して、愉色ゆしょくめいた美しい澄んだ声が問いかける。
慌てて、身を正した葉月が座礼する。

―――六条中院である。

「ありがとうございます。」
そう答えて、顔を上げた葉月は、御簾の向こうを思い遣る―――。

―――優麗なるきんげんの音色を紡ぐ白い指先。
雪月花の移ろうにほひをまとうたおやかな御姿みすがた
豊かな丈成す漆黒の髪と聡睿そうえいで麗美なかんばせ。―――

文字通り、知性と教養を兼ね備えた麗人の姿に想いを馳せる・・・。

―――何故、中院様のような御方が、あのような浮かれ人などを・・・。

孫廂を挟み母屋の御簾の傍らに、悠然と座る男の顔に目を留めると、葉月は思いあぐねる―――


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