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佐為が優雅に辞儀じぎをして、座に直るのと入れ代えに、一之瀬が膝行いざり出る。
結果は、二十射十五中と十四中で前方まえかたの左近衛の勝ち。中院から賜った堵物は、勝者それぞれに、赤漆に白い引籐巻きの優美な飾り弓がひと張りずつ。その見事な引物にしばらく沸き返っていたが、賭弓のりゆみならい左大臣邸にて酒宴の席が用意されるとのことで、とりあえず散会する手筈となった。



「友成殿」
頃合と見たか、佐為は傍らの弓を引き寄せると、徐に立ち上がり、優美な身ごなしで近づくと声を掛けた。

「これは佐為殿。実に見事な弓射でしたなぁ。」
片膝をついて対座した佐為の姿に、友成は屈託なく破顔する。

「中院様の気まぐれはいつものことだが、あなたには無理を申し上げてしまいました。だが、これほど気持ちよく弓を射れたのは久しぶりのこと。さすがに、良く行き届いた手入れをされている。」
そう言うと、その大様おおような笑顔につられるように、佐為もにこやかな微笑ほほえみを向けると、竹弓を差し出した。

「弓は所詮道具でしかありませぬ。射手が悪ければ何の役にも立たぬもの。いや、本当に見事でしたよ。なあ、葉月。」
あっけらかんと突然振られて、葉月は思わず言葉に窮した。確かに黙諾はしたが、あくまで不承知なのである。

迷惑顔で友成を一瞥し、外方そっぽを向く葉月の様子に、佐為は“ふ”と微笑むと、
いにしえより、競射の折に、願を掛けた矢があたれば、その願いが叶うと聞いているが、巫女殿からはまだ、先日の歌の返しをいただいておりませんなぁ。」
そう言いながら、涼やかな目を細め、つややかな笑みを葉月へ向けた。

「は!?」
それを聞いて、今度は友成の方が驚いた。
「え?お・・・おま・・はぁぁ!?いつのまにぃ?」
突然のことに唖然とする友成ことなど素知らぬように、葉月は“ちらり”と佐為に眼を遣ると、
「何のことやらわかりませぬな。」
そう、けんもほろろに言い放つ。

「これはまた、見事に振られましたなぁ。」
面白げに秀眉しゅうびを上げて、さして気にする様子もないかろびやかな佐為の素振りが、これまた葉月の気に障る。

取り付く島もないそのいらえに、傍で聞いてる友成の方が恐縮する。
「拙宅にて、右少将殿なども招呼しょうこして、これから酒でも飲み交わそうと思っておりますが、佐為殿もおいでになられませぬか。そうだ葉月、御前もどうだ。市川なども召し寄せようか。」
そう、その場を取り繕うように申し出た。

らちもないその申出に、冷ややかに一瞥を下し、
「女の私が居らぬほうが、美しい女房のひとりでも口説くのには都合が良かろう。」
そう言い捨てると、葉月は“すっく”と立上った。

「はぁぁぁぁ?くどくぅぅぅ?」
(いまさら、俺が自分ちの女房口説いてどうするよ。大体、佐為殿に到っては、女に口説かれてるのは見たことあるが、口説いてるとこなぞ見たことねぇぞ。)
「おい、ちょっと待て。」
友成は、“はぁ”と溜息ひとつ吐き出して、
「御前なぁ。いくらなんでも、その言い様、佐為殿に失礼だろ。」
良かれと思った言行げんこうが、あらぬ方に裏目に出て、思わず葉月に抗弁こうべんする。

その時―――、
「佐為。そなたはまだ帰ることは許しませぬ。久しぶりに顔をみせて、あわただしく退くこともあるまい。」
そう、艶やかな声が響いた。

ふと振り仰ぎ、透き見るように御簾に眼を遣り、佐為はしばらく思案していたが、
「残念ながら、どうやらご一緒できそうにもありませぬな。」
そう言うと、舞い立つように立ち上がった佐為と葉月が対面する−−−。

葉月の顔に目を留めて、佐為は桜色の唇を薄く開くと、何か言いかけたようだったが、思いとどめてその身を返した―――。

―――流れるようなその所作が、漆黒の艶やかな髪を“さらり”と揺らし、美しい横顔を覆い隠すと、たちまちすがしい薫香がくゆり立つ―――。

―――貝い合わせ
     合ふとはなしにある人に
      恋ひやわらたむ 片思いにして―――

あの日の歌が不意に思い起こされて、葉月は思わず手中の弓を握り締めた。

―――いったい何を言いかけたのか・・・。

中院が声でもかけたか、御簾の傍らに腰を下ろした佐為は、その花のかんばせを“ふわり”と、優しげにほころばせると、御簾の向こうへ何か小さく答えている。

―――佐為殿はなぁ、中院さまの―――
友成の声が、微かに響いた。

気づかぬうちに、追っていたその姿を振り払うように、葉月は友成に声を掛けた。
「まだ、帰らぬのか。」
「あ?ああ・・・」
怪訝な顔でそう答えると、友成が立ち上がり、葉月の顔を覗き込んだ。
「御前・・・」
「何」
「文はもらってるよな。」
葉月は、“ちらり”と友成を一瞥すると、素知らぬ顔で歩き出す。
あわてて歩をあわせた友成が、更に葉月を覗き込む。
「それって、恋文だよなぁ。」
変わらず答弁無用を押し通す葉月に、友成が悪戯っ気な顔をする。
「まさか、果たし状ってなことないよなぁ。」
言い終わるか終わらぬかに、
“ばき!”っと、大きな音がして、
「いてーっっっ!!御前、思いっきし払ったなぁぁっっ!!」
今度は、大きな声がした。


は〜、友成さん、口は禍のもと、葉月ちゃん、弓は大切にしましょう・・・・。ちなみに、平安時代に「果たし状」なんてブッそうな言葉はたぶんありません。きっと。
                       つづく・・・・


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