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| 神社に隣接する住居を兼ねた社務所は、先の帝の命により建てられた、小ぢんまりとはしているが、手の届いた立派な寝殿造りの建物である。 渡殿から眺める庭園は、雅やかに美しく調和され、小さいながらも築山がある池もあり、池中をたたえる清水には四季折々の自然の姿に応じて、その時々の緑の影を落とすのであろう。 そろそろ色づいてきた、その向こうの取り取りの紅葉で彩られた山の風情ある佇まいは、見事なまでの借景である。 −−−その渡殿に、葉月は立っている。 静かに弓を構える。 その先には、築山があり、的らしきものが窺える。ちょうど射的に適した距離であろうか。 ”きりり”と、微かに音がする。目を細め、矢より先に的を射抜く。 なおも、“きりり”と弦を引く―――。 ―――鳥が鳴く。 ―――風が“さわり”と吹く。 ―――時が止まる・・・。 ぎりぎりまで引ききられた弦が、二つ身に裂かれる限界と判断したか。 ―――その瞬間、その指を解き放った。 “たん!” かなたで微かに音がした。的中近くに、矢が刺さる。 身じろぎひとつせぬその姿を、涼やかな風が撫であげた―――。 「ほう、相変わらず見事なものだな。」 渡殿の端に立つ、その声の主を目すると、 (この男を射るべきだったか・・・。) 葉月の心に、ふとそんな気持ちが沸き上がった。 ―――鶸萌黄と常盤緑を重ね合わせた長身の直衣姿。烏帽子を頂く優美な面差に、そよ吹く風に吹き立てられた艶やかな黒髪が舞いかかる。 いつの間にそこに立ち止まっていたのか―――、 ―――佐為である。 「ここで何をしている?」 驚きと、込み上げる苛立ちを押し殺し、葉月がそう問うた途端、 ”ふっ”と、一笑いしたかと思うと、 ”くくくくくく・・・”と佐為が、たまらぬように笑い出した。 「なっ・・・!」 突然大笑いされ、一瞬葉月がたじろいだ。 「何が可笑しい!!」 激しい羞恥を振り払うように、葉月は声音を荒げて問い正す。 「そなた、先日も私の顔を見て、そう聞いたが、他に聞くことはないのか?」 やっと、笑いが収まった佐為が、まだ可笑しさをこらえきれぬように、細めた優美な目を葉月に向けながら、そう聞いた。 「他に何を聞くことがある。」 相変わらずのそっけない葉月の応えに、 「興味もないと言うところか。」 佐為はその美しい秀眉を上げ、「ふむ。」と一息考えると、 「ならば、そなたの問いに答える必要もないであろう?」 と、これまたこちらも応酬する。 その気に障る言いように、葉月は、紅い口端を噛み締めた。 「だから、誰の許しを得て、ここにいるのかと聞いておる!」 もうすでに、葉月の周りには、怒り心頭の”ぶちぶち”文様が乱舞している。 それを、感じ取ったか取らぬのか、佐為はしばらく怪訝な顔をしていたが、 「少々尋ねるが、気づかぬ間に、そなたに何か不仕付なことでもしたか?」 そう、真顔で尋ねられ、さすがに葉月も拍子抜けしたが、 「これは殊勝な物言いを。手練手管で女を弄し、当代の風流男を気取る男が申される言葉とも思えませぬな。」 と、反駁する。 少し思い巡らせるような目を葉月に向け、微かに吐息を吐くと、 「そなた、私のことを良く知っているようだな。」 そう言いながら、流れるような身ごなしで近づく佐為に、半歩退き、葉月は間合いを取ろうとした―――。 ・・・が、その刹那―――、 伸ばされたその腕が、弓ごと葉月の手首を掴み、引きつけた。 「なっ・・・何をする!!」 黒目がちのくっきりとしたその目が、射落とすように佐為を睨みつけた。 だが、いくら艶やかと言えど、そこは男と女。抗うその手もむなしく、しなやかな長身の躰が、なおも葉月を引き寄せようとしたその時、飛んできた葉月の平手を、顔面すれすれ、きわどいところで、空いた片手が受け止めた。 「これはまことに気の強い。我が目で確かめぬ噂など、まったく当てにならぬもの。そう思おておったが、美しいが、気の強い巫女がいると言う話は、本当であったらしいな。」 そう言うと、僅かに突き放すように、葉月の両手を解放した。 両手を握り締め、屈辱に震える葉月が、佐為と対峙する。 ―――佐為のその清艶な瞳が、微かに翳る。 (なぜ、そのような顔をする―――) その揺らめきに、思いもかけず居た堪らなさを感じると、葉月の心が微かに震えた。 「藤原佐為殿か。」 その呼び掛けに、佐為の瞳が葉月から反れる。それと同時に葉月も振り返った。 |